Kumemoto Jun Official Blog

【福島の原発後の状況はすさまじい】

どうも、
゛もんじゅ゛です。

僕は生まれが、福島の相馬市で
7歳まで相馬市で育ちました。

今回は、去年そんな相馬で生まれ育ち享年91歳で亡くなった祖母の一周忌という事で、

震災後3年半ぶりに、常磐道という福島原発の近くを通る高速道路を通って、国道6号線を通り相馬市まで帰ったわけです。

僕は7年間相馬市で育ったものの、もうすでに福島県民ではないので、震災後の原発に関してあれこれ意見を言うつもりはないですが、

中々、福島に行く機会などもそうそうない人の方が多いと思いますので、そこでの写真などを公開しますね。

メインは、原発の近く唯一解放されている国道6号線です。

IMG_4537.JPG

国道6号線は通れたとしても、基本的には

「バイクと歩行者の通行は禁止です」

当然ながら車を停めて、写真など撮れるわけもなく、車内から撮影したんですが、

街は完全に写真のようなバリケードがしかれ、街の中には通行証がないと入れません。

街に繋がる道は全て封鎖され、警察の方が立っているといった感じです。

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放射能が高いんでしょう。

高速道路を通ってる時に、放射能がどのぐらいあるのか?を示すガイガーカウンターのようなものはありましたが、

2μSvだったかな?

が、示す値がどの程度人体に影響があるのかわからんのですが、

多分震災後はほぼこの地域の人達は自宅に戻れる事なく、住宅などは震災後のままといった感じです。

特に、お店の半壊具合はひどかったというか、3年半たっても当時のままなんですね。

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この辺は、ちょうど津波があった後って感じです。

元々田んぼだったのですが、田んぼの面影などなく、ただの更地?なのかな?

よく、相馬市に帰るときは6号線の海沿いの道路を通って帰省していたので、その道は通れるようにはなってますが、景色はほぼ何もない状態。

海沿いの堤防の工事が永遠と続いていて、この道路からは太平洋は見えず、見えるのは堤防工事だけです。

実際に、僕が生まれ育った相馬市は、幸い原発からも50km以上離れ、海からも2kmぐらい離れている所にあったので、祖母の家や祖母自身が震災の被害を受ける事はなかったのですが、

今回は震災後初めて、原発近辺の状況を体感する機会があったので、是非、これが震災後3年半たった状況ですよと。

この写真を見て何を思うかはあなた次第だと思います。

僕はこの状況を見て、原発反対だ!とか、原発賛成だとか、そーいう意見を特に言うつもりはありませんが、

「いつ、自分が当事者になるのかわからない」

という危機意識は常にもって、これからの人生を生きようと改めて思いました。

僕は、震災直後、とても他人事には思えなくて、それまでやっていた会社のメンバーを解散させたという経験があります。

その時は、

「自分が後悔のないような選択をして、今を生きているか?」

という、問いに、その時の会社を経営している状況にYESが言えなかったからです。

そして、この問い改めて自分に問いた時、そこから3年半たってみて、やっぱりどこかぬるま湯に浸かっているんじゃないか?という危機意識のなさを痛感しました。

大きな視点でみれば、日本も色々大変です。

是非この問いを今一度自分に立ててみてください。

もし、YESと答えられないのであれば、それは何かを変えるタイミングだと思います。

明日は今日と同じ明日が来るとは限りません。それは、病気かもしれないし、天災かもしれない。

そんな危機意識は中々日常で持てるものではありません。

どうか、写真からでも当時の状況を振り返るキッカケになればなと。

今日は久しぶりにガチ真面目に投稿してみました。

もんじゅ

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